背景:マニュアルセラピーは数千年の歴史を持つ。西洋世界で最も普及しているこれらの治療法はカイロプラクターによって提供されている。脊椎の痛みに対するカイロプラクティックによる集団的公衆衛生上の利益は非常に大きかったと言えるが、カイロプラクティックが職人技から職業へと移行するにつれ、その進歩を妨げる多くの内的・外的要因に遭遇してきた。本稿では、この問題を抱えるカイロプラクティックが社会により認知されるための、新たなカイロプラクティックのための10項目計画を提示する。
議論:本稿は、2015年10月10日、オーストラリアのカイロプラクティック&オステオパシー大学とカイロプラクティックオーストラリアの全国会議において、FGロバーツ記念講演として行われた基調講演に基づいている。
10項目計画は以下の通りである:カイロプラクターの専門職前の教育の改善、進歩的なアイデンティティの確立、専門分野への関心の拡大、カイロプラクティックにおける無意味な要素の廃止、公衆衛生への積極的な姿勢、カイロプラクティック公式団体組織の支援、臨床の改善、エビデンスに基づいた治療の重視、研究の支援、そして個人的リーダーシップの発揮。
結論:この新しい10項目計画に従うことで、時間の経過とともにカイロプラクティックは医療分野において正当性を獲得し、他の医療従事者、政策立案者、そして一般の人々からの支持を得るだろう。
背景
議論(Discussion)
このセクションでは、要旨(Abstract)で提示された「新たなカイロプラクティックのための10項目計画」を詳細に解説し、それぞれの項目の重要性と実現方法について論じています。 単なる計画の羅列ではなく、現状の問題点への対策として、具体的な方策と、その根拠を提示している点が特徴です。
それぞれの項目について、簡潔に解説すると以下のようになります。
専門職前の教育改善
カイロプラクティック教育機関の質の向上を訴えています。具体的には、大学レベルでの教育の充実、エビデンスに基づいた教育内容、多職種との連携を促す教育カリキュラムなどを提言しています。特に大学レベルの教育機関による教育の重要性を強調し、一部の私立大学でみられる非科学的な教育内容への懸念を示しています。
進歩的なアイデンティティの確立
カイロプラクティックの専門性を明確化し、誤解や偏見を払拭することを目指します。特に脊椎の痛みを専門とすることで他の医療分野との連携を強化し、専門家としての地位を確立しようとしています。
専門分野の発展
カイロプラクティック独自の専門分野を確立することで、他の医療分野との差別化を図り、専門家としての地位向上を目指します。
非科学的な要素の排除
1. 具体的に問題視されている非科学的要素
- バイタリズム(生気論)とインネイトインテリジェンス(生得的知性): カイロプラクティックの創始期から影響を与えてきたこれらの概念は、身体に備わる自然治癒力や、生得的な知性によって健康が維持されるとする考え方です。しかし、これらの概念は現代科学の知見からは裏付けられておらず、非科学的な要素として批判の対象となっています。特に、「インネイトインテリジェンス」は、身体の機能不全を「サブラクセーション」という概念で説明する根拠として用いられてきたため、強い批判を受けています。
- サブラクセーション: 椎骨のわずかなズレが、神経系の機能不全や様々な疾病を引き起こすという概念です。
- 非科学的な診断・治療法: 論文では、具体例は示されていませんが、科学的根拠のない診断法や治療法が用いられている可能性が指摘されています。 これは、特定の検査法、施術法、あるいはそれらを組み合わせた手法などが該当する可能性があります。
- 科学的根拠の欠如した主張: 現代医学や公衆衛生に反する主張も、非科学的な要素として明確に批判されています。
2. 排除のための具体的な方策
- 教育改革: 大学レベルでの教育の充実、エビデンスに基づいたカリキュラムの導入、非科学的な概念や手法の排除などを含みます。
- エビデンスに基づいた実践(EBP)の徹底: 臨床現場において、科学的根拠に基づいた診断と治療を徹底し、非科学的な要素を排除する必要があります。
- プロフェッショナル組織の役割: 倫理規定の強化、会員への教育、非科学的な主張を行う者への対応など、専門組織が積極的に取り組むべきだと主張しています。
- 研究活動の推進: 科学的な根拠を積み重ね、非科学的な主張を覆していく必要があります。
- 透明性のある情報発信: 患者に対して、正確で分かりやすい情報を提供し、誤解を防ぐ必要があります。
3. 排除の目的と意義
非科学的な要素の排除は、単に「悪いイメージ」を払拭するためだけではありません。 それは、カイロプラクティックの信頼性と専門性を高め、社会的地位を向上させるために不可欠なステップです。 科学的根拠に基づいた実践によって、患者の安全と利益を最大化し、他の医療分野との連携を強化することで、真の医療専門職としての地位を確立することを目指しています。
公衆衛生への積極的な貢献
1. 具体的な貢献方法の提案
カイロプラクティック団体組織の強化
カイロプラクティックの信頼性と専門性を維持・向上させるために、科学的根拠に基づいた実践を徹底し、非科学的な要素を断固排除していく必要性があります。 これは、カイロプラクティックが現代医療の一員として認められるために不可欠なステップです。
臨床治療の改善
現状の問題点を明確に示し、エビデンスに基づいた実践、標準化、多職種連携などを推進することで、患者の利益を最大化し、カイロプラクティックの臨床の質を高めるための具体的な戦略を示しています。 それは、単なる効率化だけでなく、より患者中心で、科学的根拠に基づいた質の高い医療を提供するための包括的なアプローチであると言えるでしょう。
エビデンスに基づいた治療(EBP)の重視
1. EBPの重要性の強調
EBPが最良の科学的証拠、臨床的専門知識、そして患者の価値観と状況という3つの要素から成り立っています。これら3要素を統合することで、患者のニーズに最適、かつ科学的に裏付けられた治療を提供できるようになります。 カイロプラクティックが単なる経験や伝統的な手法に頼るのではなく、科学的な根拠に基づいて治療を行う必要があるのです。
2. EBPを阻害する要因の指摘
- 「実践に基づいたエビデンス(PBE)」への固執: 一部のカイロプラクターの間では、「長年の臨床経験に基づいた実践こそが最良のエビデンスである」という考え方が存在します。論文では、このPBEを批判し、臨床経験だけでは科学的な裏付けがない、客観的な評価が難しいことを指摘しています。 PBEは効果の検証が不十分であり、バイアスがかかりやすいという欠点があるとしています。 論文では、PBEの例として乳幼児の疝痛に対するカイロプラクティック施術の効果を検証したランダム化比較試験の結果を示し、PBEだけでは不十分であることを実証しています。この試験では、施術を受けた群とプラセボ群の双方で症状の改善が見られたことから、施術の効果は明確に証明されていません。
- 「エビデンスに基づいた実践(EBP)」の名称変更への抵抗: 一部のカイロプラクターが、EBPを「エビデンスに基づいた治療(EIP)」と改名しようとする動きを批判しています。論文では、PubMedデータベースにおけるEBPとEIPに関する論文数の圧倒的な違いを示し、EIPという名称変更は、EBPの重要性を軽視し、科学的根拠に基づいた医療実践から遠ざかろうとする試みであると指摘しています。
3. EBP推進のための具体的方策: 論文では、EBPを推進するための具体的な方策として、以下の点を挙げています。
- 質の高い研究への関与: カイロプラクターは、質の高い研究に積極的に関与し、エビデンスを蓄積していく必要があります。
- EBPに基づいた臨床実践の徹底: 診断、治療、患者への説明など、臨床のあらゆる場面でEBPを徹底する必要があります。
- EBPに関する教育の充実: カイロプラクティック教育において、EBPに関する教育を充実させる必要があります。
- 非科学的な理論や手法の排除: 科学的な根拠のない理論や手法は、積極的に排除していく必要があります。
研究の推進
個人的なリーダーシップ
組織や制度に頼るだけでなく、個々のカイロプラクターが主体的に行動を起こし、変化を牽引していくことが、カイロプラクティック業界全体の変革に不可欠です。 単なる「良い人」になることではなく、積極的に変革を推進していくリーダーシップを、個々のカイロプラクターが発揮するべきです。