健康馬におけるカイロプラクティックマニピュレーションの行動・生理学的パラメータへの影響に関する予備調査

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この研究は、カイロプラクティック治療が健康な馬の行動と生理学的パラメータに及ぼす影響を評価することを目的としています。8頭のメスの馬を対象に、対照群とカイロプラクティック治療を受診するグループで比較検討しました。

行動、眼の最高温度(MaxTE)、唾液コルチゾール(SC)、心拍変動(HRV)を測定しました。結果は、カイロプラクティックセッション中は「回避行動」と「警戒」の増加を示し、行動上の不快感を示唆しました。またMaxTE、SC、HRVには交感神経系の変化は見られませんでした。一方、カイロプラクティック治療後ではSDNN(RR間隔の標準偏差)の有意な増加が見られ、副交感神経系のシフトを示唆しています。

カイロプラクティック治療は、一時的な行動上の不快感を伴うものの、急性ストレス反応を伴わず、熟練した獣医カイロプラクターによって実施できることが示唆されました。反対に自律神経系の副交感神経系へのシフトが示唆され、馬の統合的治療法としてカイロプラクティック施術を検討できる可能性が示唆されました。

 

カイロプラクティックは、筋骨格系の問題、特に背骨のズレ(サブラクセーション)や関節の機能不全を調整することで、痛みや機能障害を改善する代替医療として広く普及し、確立された地位を築いています。多くの国で国家資格が認められ、法的・倫理的な枠組みが整備されている点も特徴です。 しかし、馬へのカイロプラクティック施術は、まだ発展途上であり、その有効性や安全性を裏付ける研究はヒトと比較して著しく不足しています。

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要旨(Abstract): カイロプラクティックの中心概念であるサブラクセーション(subluxation)は、いまだ十…

既存の研究では、カイロプラクティック施術が、馬の背痛や跛行の改善、運動能力の向上といったプラスの効果を示唆する報告もありますが、その効果の大きさや持続性、施術に伴う潜在的なリスク(例えば、一時的な痛みや不快感、施術者のスキルによるばらつきなど)については、さらに多くの研究が必要です。 特に動物福祉の観点から、施術によるストレスや痛み、不快感を客観的に評価する手法の確立と、それらを最小限に抑えるためのプロトコルの開発が重要となります。

本研究は、こうした現状を踏まえ、健康な馬を対象としたカイロプラクティック施術の影響を、行動学的指標(例えば、警戒レベル、回避行動、その他の行動変化)、生理学的指標(例えば、唾液コルチゾール濃度、心拍変動性、眼球温度)、そして関節の可動性といった多角的な視点から評価することで、その有効性と安全性をより深く理解することを目指しています。 単なる施術の効果だけでなく、動物福祉への影響を総合的に評価することで、より倫理的で効果的な獣医療への貢献を目指している点が、この研究の重要な意義です。

結果

この研究では、カイロプラクティック施術(CHIRO)群と対照(GROOM)群の比較を通して、健康な馬へのカイロプラクティック施術の影響を多角的に評価しました。その結果、いくつかの重要な知見が得られました。

まず、行動変化に関して、CHIRO群では施術中に「回避行動」と「警戒」の頻度が有意に増加しました。これは、施術が馬に一時的な不快感や痛みを与えた可能性を示唆しています。しかし、この不快感は、ストレス反応を示す指標である唾液コルチゾール濃度や眼球温度には反映されませんでした。これは、施術によるストレス反応が、非常に短期的かつ軽微であったか、またはこれらの指標では捉えられない別のメカニズムが働いていた可能性を示唆しています。

次に、自律神経系の変化に関して、興味深い結果が得られました。CHIRO群では、施術後(Post-CHIRO)に心拍変動性の指標であるSDNN(RR間隔の標準偏差)が有意に増加しました。SDNNの上昇は、副交感神経系の活性化を示す指標として知られています。この結果は、施術が一時的な不快感をもたらしたものの、その後は副交感神経系の優位性を促し、リラックス状態へと導いた可能性を示唆しています。対照的に、GROOM群ではこのような変化は見られませんでした。

最後に、関節の機能不全に関して、施術前後の変化を評価しましたが、統計学的に有意な差は認められませんでした。ただし、減少傾向が観察されたことから、複数回の施術によって効果が現れる可能性が示唆されています。

全体として、この研究は、カイロプラクティック施術が健康な馬に一時的な不快感を与える可能性があるものの、急性ストレス反応を誘発するほど強いものではなく、むしろ施術後にリラックス状態へと導く可能性を示唆する結果となりました。関節の機能不全への効果については、さらなる研究が必要であることが示唆されています。

考察

本研究は、客観的な生理学的指標と行動学的指標を組み合わせることで、健康な馬に対するカイロプラクティック施術の影響を多角的に評価した点が重要です。結果から得られた知見を、より詳細に考察します。

一時的な不快感とストレス反応の非関連性

施術中に観察された回避行動や警戒行動の増加は、施術そのものへの反応、または施術中に触れられた部位への痛みを反映している可能性があります。しかし、コルチゾールや眼球温度といった、一般的にストレス反応と関連付けられる生理学的指標には変化が見られませんでした。このことは、施術による不快感が、激しいストレス反応を誘発するほどのものではなく、軽度かつ一時的なものであった可能性を示唆しています。

馬は、ヒトと異なる痛みの表現方法を持つため、生理学的指標だけでは捉えきれない微妙な不快感を、行動変化として示した可能性があります。

副交感神経系の活性化とリラックス効果

施術後の副交感神経系の活性化を示唆する心拍変動性の変化は、施術が身体にリラックス効果をもたらした可能性を示唆しています。これは、施術によって筋緊張の軽減や、血行促進などの生理学的変化が起こり、結果として副交感神経系の活動が亢進したと考えられます。 しかし、このリラックス効果が、施術による一時的な不快感への反応であるか、施術自体の鎮静作用によるものか、あるいはその両方であるかは、断定できません。さらなる研究によって、このメカニズムの解明が必要です。

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はじめに:カイロプラクティックとは? カイロプラクティックは、脊椎(せきつい)を中心とした身体の構造と機能に注目し、手技…

関節機能不全への効果と今後の展望

関節機能不全の改善については、今回の研究では統計的に有意な効果は示されませんでした。これは、サンプルサイズが小さかったこと、施術回数が少なかったこと、または健康な馬では元々関節機能不全が少ないことなどが原因として考えられます。

今後の研究では、より多くの馬を対象とした大規模な研究、複数回の施術による効果の検討、そして明確な関節機能不全の基準設定が必要となるでしょう。 また、異なる施術方法や、施術を受ける馬の個体差なども考慮する必要があるでしょう。

研究の限界と今後の課題

本研究では、ビデオ撮影に人が関与していたことや、環境要因による影響を完全に排除できていない点など、限界も存在します。 今後の研究では、客観的なデータ取得を可能にする自動化システムの導入や、より厳格な実験デザインの採用、さらに、年齢、性別、品種、運動レベルといった因子を考慮した解析などが重要となります。

全体として、本研究はカイロプラクティック施術の有効性と安全性を多角的に評価した貴重な知見を提供していますが、より詳細なメカニズムの解明や、臨床応用のためのさらなる研究が必要であることを示しています。

結論

本研究は、健康な馬に対するカイロプラクティック施術が、一時的な不快感を伴う可能性があるものの、急性ストレス反応を誘発せず、施術後にはリラックス状態をもたらす可能性を示唆しました。

関節の機能不全に対する効果は、今回の研究デザインでは明確に示せませんでしたが、減少傾向が認められ、複数回の施術による効果が期待されます。

これらの結果は、熟練した獣医カイロプラクターによる施術であれば、健康な馬へのカイロプラクティック施術は比較的安全であり、可能性のある治療法であることを示唆しています。

しかし、本研究は予備的なものであり、より大規模な研究や、異なる条件下での研究が必要であることを強調します。特に、関節機能不全を有する馬における効果や安全性を検証するさらなる研究が、臨床応用に向けて重要です。

 

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