【論文抄訳】正常な頸椎可動域

この研究論文は、頸椎の可動域の正常値を年齢と性別別に明らかにし、臨床での評価における有用性を示すことを目的としています。

方法:11歳から97歳までの健康な男女337名を対象に、頸椎の可動域を測定しました。測定には、重力式ゴニオメーターを用いたCROM*装置を使用し、屈曲、伸展、左右の側屈、左右の回旋の6方向の可動域を測定しました。測定は、経験豊富な理学療法士5名によって行われ、検査者内・検査者間の信頼性も評価されました。

結果:
信頼性: CROM装置を用いた測定は、多くの動きで高い検査者内・検査者間の信頼性を示しました。ただし、回旋運動、特に左回旋運動では信頼性がやや低かったです。
年齢: 年齢と共に頸椎の可動域は、屈曲を除く全ての動きで有意に減少しました。減少の程度は、性別による差は小さかったです。
性別: 同年齢の男女を比較すると、屈曲を除く全ての動きで、女性の可動域が男性よりも有意に大きかったです。
正常値: 年齢と性別別に、各頸椎可動域の平均値、標準偏差、範囲が示されました。これらは、臨床での評価に役立つ基準値として利用できます。

結論:この研究では、CROM装置を用いた頸椎可動域の測定は高い信頼性を示し、年齢と性別が頸椎可動域に有意な影響を与えることが示されました。 得られた正常値は、臨床現場での評価に役立つ基準値として活用できます。ただし、測定方法や対象集団の特性などを考慮し、個々の患者への適用にあたっては注意が必要です。 特に、回旋運動、特に左回旋運動における信頼性の低さは、今後の研究課題として挙げられます。
臨床的意義:この研究の結果は、頸椎疾患の診断や治療効果の評価に役立つだけでなく、年齢と性別を考慮した適切な治療計画の立案に役立つ情報提供となります。

*CROM=cervical range of motion(頸椎の可動域)

結果

1. 信頼性(Reliability):

  • 検査者内信頼性 (Intra-tester reliability): 各理学療法士が同じ被験者を繰り返し測定した際の信頼性を示します。頸椎の屈曲運動では「まあまあ」(ICC=0.76)、伸展運動では「高い」(ICC=0.94)、側屈と回旋運動では「良好」(ICCは0.80-0.88の範囲)という結果でした。ただし、回旋運動の検査者内信頼性は検査者によってばらつきがありました。
  • 検査者間信頼性 (Inter-tester reliability): 異なる理学療法士が同じ被験者を測定した際の信頼性を示します。伸展運動では「高い」(ICC=0.90)、屈曲、側屈、回旋運動では「良好」(ICCは0.80-0.89の範囲)という結果でした。しかし、左側への回旋運動の検査者間信頼性は比較的低く(ICC=0.66)、「まあまあ」のレベルにとどまりました。この低い信頼性は、被験者間のばらつきが小さいこと、および検査者3名による左側回旋運動の測定における系統的な誤差が原因として考えられます。

2. 年齢の影響 (Effect of Age):

回帰分析の結果、年齢が上昇するにつれて、屈曲運動を除く全ての頸椎AROMが有意に減少することが示されました。年齢と各AROMの減少量の関係は、以下の通りです。(論文では係数B1で表されています)

  • 年齢1歳増加ごとに、どの程度のAROMが減少するかを示す数値です。数値が負であることは、年齢の上昇に伴いAROMが減少することを意味します。

性別を考慮すると、男性と女性の間で、年齢による減少率に大きな差はありませんでした。ただし、頸椎の屈曲運動においては、年齢による減少率に性別差は認められませんでした。

3. 性別の影響 (Effect of Gender):

回帰分析の結果、同年齢の男女を比較した場合、屈曲運動を除く全ての頸椎AROMにおいて、女性の方が男性よりも有意に大きいことが示されました。この性別差を表す数値が回帰係数B2です。

  • 例えば、伸展運動ではB2が-5.1でした。これは、同年齢の男女を比較した場合、男性の伸展AROMは女性よりも平均5.1度小さいことを示しています。

4. 正常値 (Normal Values):

論文では、年齢と性別ごとに分類した頸椎AROMの平均値、標準偏差、範囲が詳細に示されています。これらは、臨床現場で頸椎ROMを評価する際の規範的なデータとして利用できます。ただし、この正常値は、本研究の被験者集団に特有のものであり、他の集団にそのまま適用できるわけではないことに注意が必要です。

5. その他の知見:

  • 頸椎の伸展運動のAROMは、他の動きと比べて最も大きかった。
  • 年齢による頸椎AROMの減少は、年齢とともに減少する傾向を示しました。

議論

1. 信頼性

  • ICC値の解釈の複雑さ: 論文では、ICC値を用いて信頼性を評価していますが、ICC値自体は、測定値のばらつきの要因をすべて考慮したものではありません。 被験者間のばらつきが本来小さい場合、ICC値が高くても、測定誤差が大きいかもしれません。本研究では、特に左回旋運動でこの点が問題視されており、測定方法や被験者集団の特性をより詳細に分析する必要性を示唆しています。
  • 測定方法の限界: ゴニオメーターは、頸椎の各椎体間の動きを個別に測定することができません。そのため、測定される可動域は、複数の椎体間の複合的な動きを反映したものとなります。この点が、信頼性や測定値の解釈に影響を与えている可能性が指摘されています。より精密な測定方法(例えば、三次元運動解析)を用いた研究が必要であるという示唆を含んでいます。
  • 検査者間のばらつき: 検査者間の信頼性が低い結果(特に左回旋運動)は、測定方法の標準化や、測定者のトレーニング不足といった要因が考えられます。この点は、臨床現場での測定の再現性を高めるための工夫が必要であることを示唆しています。

2. 年齢と性別の影響

  • 年齢による減少メカニズム: 年齢とともに頸椎の可動域が減少するのは、椎間板の変性、靭帯の石灰化、筋力の低下など、複数の要因が考えられます。論文では、これらの要因については直接的に触れていませんが、今後の研究で、これらの生理学的変化と頸椎可動域の減少との関連性を調べる必要があると示唆しています。
  • 性差のメカニズム: 女性の方が男性よりも頸椎可動域が広いという結果は、骨格構造の違い、ホルモンの影響、筋力の差など、様々な要因が考えられます。論文では、この性差のメカニズムについては明確な結論を出していませんが、更なる研究によって解明していく必要性を示しています。
  • 過去の研究との比較: 論文では、過去の研究で報告されている頸椎可動域の正常値と比較し、その違いについて考察しています。この違いは、測定方法の違い、対象集団の特性の違い、統計解析方法の違いなど、様々な要因が考えられるため、単純に比較することは難しい点を指摘しています。

3. 正常値の臨床的意義と限界

  • 正常値の適用範囲: 本研究で得られた正常値は、本研究の被験者集団に特有のものであり、他の集団(例えば、特定の疾患を持つ患者)にそのまま適用できるわけではありません。臨床現場では、患者の年齢、性別、病歴、症状などを総合的に考慮して、頸椎可動域を評価する必要があります。
  • 他の測定方法との比較: 本研究では、ゴニオメーターを用いた測定を行っていますが、他の測定方法(例えば、X線撮影、MRI、三次元運動解析)と比較することで、より詳細な情報が得られる可能性があります。今後の研究では、異なる測定方法を用いた比較研究を行うことが提案されています。
  • 臨床での利用上の注意点: 本研究の結果は、頸椎疾患の診断や治療に役立つ情報となりますが、絶対的な基準値ではありません。臨床現場では、これらの結果を参考にしながらも、患者の状態を総合的に判断することが重要です。

結論

1. 主要な知見

論文は、年齢と性別が頸椎の可動域に有意な影響を与えることを明確に示しています。具体的には、

  • 年齢の影響: 屈曲運動を除く全ての頸椎の可動域は、年齢とともに有意に減少しました。この減少傾向は、男女間で大きな差はありませんでした。
  • 性別の影響: 屈曲運動を除く全ての頸椎の可動域は、同年齢の男性と比較して女性の方が有意に大きかったです。

これらの結果は、大規模なサンプルサイズと、比較的高い信頼性を示したCROM装置を用いた測定によって裏付けられています。 さらに、年齢と性別を考慮した頸椎可動域の正常値に関する詳細なデータが提供されています。

2. 臨床的意義

  • 診断と治療効果の評価: 年齢と性別を考慮した頸椎可動域の正常値は、頸椎疾患の診断や治療効果の評価において有用な指標となります。 患者の頸椎可動域を測定し、正常値と比較することで、疾患の有無や重症度を客観的に評価することができます。また、治療の前後での可動域の変化を測定することで、治療効果を客観的に評価することも可能です。
  • 治療計画の立案: 年齢と性別による頸椎可動域の違いを考慮することで、患者に合わせた適切な治療計画を立案することができます。例えば、高齢者や女性に対しては、年齢や性別を考慮した運動療法やリハビリテーションプログラムを選択する必要があるかもしれません。

3. 限界と今後の展望

  • 測定方法の限界: CROM装置は、頸椎の各椎体間の動きを個別に測定することはできません。そのため、測定される可動域は、複数の椎体間の複合的な動きを反映したものとなります。より精密な測定方法を用いた研究が必要とされています。
  • 対象集団の限定: 本研究の対象集団は、健康なボランティアに限定されています。 そのため、頸椎疾患を持つ患者への適用にあたっては、注意が必要です。 様々な疾患を持つ患者を対象とした研究が必要とされています。
  • 回旋運動の信頼性: 回旋運動、特に左回旋運動の測定における信頼性がやや低かった点は、今後の研究課題として挙げられています。測定方法の改善や、より多くの被験者での検証が必要となります。

 

結論として、この研究は、年齢と性別を考慮した頸椎可動域の正常値に関する貴重なデータを提示し、臨床現場での評価に役立つ情報を提供しています。 しかし、測定方法の限界や対象集団の限定などを考慮し、臨床応用にあたっては慎重な判断が必要です。 今後の研究では、より精密な測定方法を用いた研究、疾患を持つ患者を対象とした研究、そして回旋運動の信頼性向上のための研究が期待されます。

 

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