【論文抄訳】カイロプラクティックの頸椎マニピュレーションの安全性について

この論文は、英国のカイロプラクターを対象とした大規模な前向き調査に基づき、頸椎へのカイロプラクティック操作の安全性について評価したものです。

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調査方法

  • 英国の登録カイロプラクター377名(対象人口の31.9%)が参加し、2004年6月から2005年3月にかけて、19,722人の患者を対象にデータ収集が行われました。
  • カイロプラクティック操作は、高速度低振幅、または機械的アシストによる頸椎への衝撃として定義されました。
  • 重篤な有害事象(病院への受診や症状の悪化など)と軽微な有害事象(既存症状の悪化や新たな症状の出現)を、施術直後と施術後7日間で記録しました。

結果

  • 50,276回の頸椎操作のうち、重篤な有害事象は報告されませんでした。
  • 95%信頼区間を用いたリスク推定では、重篤な有害事象のリスクは、施術直後では1万回に1回以下、施術後7日間では1万回に2回以下、頸椎操作10万回あたりでは6回以下と非常に低いと推定されました。
  • 軽微な有害事象は比較的多くみられ、施術直後ではめまい、ふらつき、頭痛などが多く、施術後7日間では頭痛、上肢の痺れ、めまいなどが多く報告されました。

軽微な有害事象について

軽微な有害事象とは、患者が報告した既存症状の悪化または新たな症状の出現を指します。具体的には、以下の症状が報告されています。

施術直後

  • 頸痛: 施術によって既存の頸痛が悪化したケース。
  • 肩・腕の痛み: 施術によって肩や腕に痛みが出たケース。
  • 頸部・肩部・腕の可動域制限: 施術によって頸部、肩部、腕の動きが悪くなったケース。
  • 頭痛: 施術によって頭痛が出たケース。
  • 顔面痛、しびれ、チクチク感: 顔面に痛みやしびれ、チクチク感が出たケース。
  • 上肢のしびれ、チクチク感: 腕にしびれやチクチク感が出たケース。
  • 背中(上部、中部)の痛み: 背中に痛みが出たケース。
  • 下肢のしびれ、チクチク感: 足にしびれやチクチク感が出たケース。
  • めまい、ふらつき、意識消失: めまい、ふらつき、意識を失ったケース。
  • 耳鳴り、耳のうなり: 耳鳴りや耳のうなりが出たケース。
  • 吐き気、嘔吐: 吐き気や嘔吐が出たケース。
  • 視覚障害: 視覚に問題が出たケース。
  • その他の症状

施術後7日間

上記と同様の症状に加え、施術後の経過観察期間中に新たな症状が出現したり、既存症状が悪化したケースも軽微な有害事象として分類されています。特に、頭痛、上肢のしびれ、めまい、ふらつきは、施術直後よりも経過観察期間中に報告される頻度が高くなっています。

重要なのは、これらの症状は全て「軽微」と分類されているものの、患者にとって不快なものであり、無視できるものではないということです。論文では、これらの症状の発生頻度も報告されており、カイロプラクティック施術を受ける際の潜在的なリスクとして認識しておく必要があることを示唆しています。

結論

  • 頸椎へのカイロプラクティック操作による重篤な有害事象のリスクは非常に低いことが示されました。
  • 一方、軽微な有害事象は比較的多くみられるため、患者への十分な説明と、必要に応じて適切な処置を行うことが重要です。

限界

  • 参加したカイロプラクターが全体の32%に留まり、回答バイアスの可能性がある。
  • 追跡調査が不完全であるため、重篤な有害事象が漏れている可能性がある。
  • 患者による有害事象の報告が、カイロプラクターへの遠慮などにより不正確である可能性がある。

全体として、この研究は、英国のカイロプラクターによる頸椎へのカイロプラクティック操作が、重篤な有害事象のリスクが非常に低い安全な手技であることを示唆しています。しかし、軽微な有害事象も無視できないため、施術前には患者への十分な説明と同意が必要であると結論付けています。

考察

1. 重篤な有害事象の低リスクの確認

本研究の最も重要な発見は、頸椎操作後の重篤な有害事象(神経学的欠損、脳卒中、脊髄損傷など)の発生率が非常に低いことを示したことでしょう。 95%信頼区間を用いた分析でも、そのリスクは極めて低いと結論づけられています。これは、カイロプラクティック施術の安全性を支持する強力なエビデンスとなります。ただし、サンプルサイズが大きくても、稀な事象の発生率を正確に捉えるのは難しいという限界は認識されています。

2. 軽微な有害事象の発生頻度と性質

重篤な有害事象とは対照的に、軽微な有害事象(頭痛、めまい、しびれ、筋肉痛など)は比較的高い頻度で報告されています。 これらの症状は、施術後すぐに現れるものや、数日後に現れるものがあり、その性質も様々です。 この結果から、軽微な有害事象は施術に伴う一時的な不快感である可能性が高いものの、患者への十分な説明と対応が必要であることが示唆されます。

3. 研究方法の強みと限界

本研究は、大規模な前向き調査であるという点が大きな強みです。 多くの参加者と施術データを集めることで、統計的に有意な結果を得ることができました。しかし、いくつかの限界も認められています。 まず、参加者の選択バイアスの可能性です。 調査に参加したカイロプラクターは、安全な施術に意欲的な人々である可能性があり、一般のカイロプラクターを正確に反映していない可能性があります。 また、報告バイアスの可能性も指摘されています。 カイロプラクターが、重篤な有害事象を過小報告する可能性や、患者が自身の症状を過小評価もしくは過大評価する可能性も考えられます。 更に、追跡調査に抜けがあったことも限界として挙げられています。

4. 既存研究との比較と臨床への示唆

本研究は、過去の多くの研究が症例報告やレトロスペクティブ研究に基づいていたのに対し、大規模な前向き調査によって、頸椎操作の安全性を客観的に評価した点が革新的です。その結果、他の補完代替医療と比較しても、安全性の高い施術であることが示唆されています。しかし、この研究は英国のカイロプラクターを対象としたものであり、他の国や地域への一般化には注意が必要です。

5. 今後の研究方向

本研究は、頸椎操作の安全性を裏付ける重要な知見を提供していますが、より精密なリスク評価のためには、さらなる大規模な研究が必要であると述べられています。 特に、重篤な有害事象の発生メカニズムやリスクファクターの解明、そして、より正確なリスク評価のための統計手法の開発が求められています。また、異なる国や地域のカイロプラクターを対象とした研究も必要でしょう。

全体として、この論文の考察は、頸椎へのカイロプラクティック操作が比較的安全な手技であることを示唆していますが、軽微な有害事象への注意、研究方法の限界、そして今後の研究の必要性を強調しています。 臨床現場では、患者の状態を十分に把握した上で、適切な施術を行うことが重要であり、また、患者への十分な説明とインフォームドコンセントも不可欠です。

補足

この論文では、重篤な有害事象は非常に稀であると結論づけられており、実際に研究期間中には報告されませんでした。そのため、論文自体からは重篤な有害事象の詳細な説明は得られません。しかし、論文で重篤な有害事象の定義が明確に示されているため、そこから推測できます。

論文における重篤な有害事象の定義は、「病院の救急医療機関への受診、または施術直後の症状の激しい発現もしくは悪化、そして/あるいは持続的もしくは著しい障害/機能不全をもたらしたもの」とされています。

この定義から、以下の様な状態が重篤な有害事象に該当すると考えられます。

  • 神経学的欠損: 頸椎の操作によって、手足の麻痺、感覚異常、運動障害などの神経学的症状が出現した場合。これは、脊髄や神経根の損傷による可能性があります。
  • 脳卒中: 非常に稀なケースですが、頸椎の操作が原因で脳卒中が起こる可能性も否定できません。これは、頸部の血管損傷が引き金となる場合があります。
  • 脊髄損傷: 頸椎の操作によって脊髄が損傷を受け、重度の麻痺や機能障害が起こるケース。これは、非常に重篤な結果につながる可能性があります。
  • その他の重篤な症状: 呼吸困難、意識障害、生命に関わるような症状など、施術後に発生し、緊急の医療介入が必要となるような症状。

重要な点:

  • この論文は、重篤な有害事象の発生率が非常に低いことを示していますが、ゼロではないことを意味します。
  • 重篤な有害事象は、まれに起こりうるリスクとして認識しておく必要があります。
  • 頸椎への操作は、熟練した専門家によって適切に行われることが非常に重要です。

この論文では重篤な有害事象の具体的な症例は示されていませんが、上記の様な状態が該当する可能性が高いと考えられます。もし、頸椎のカイロプラクティック施術を受けた後にこのような症状が出現した場合は、すぐに医療機関を受診する必要があります。

 

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