![カイロプラクティック、アジャスメント、サブラクセーション](https://manual-therapy.net/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
カイロプラクティックの中心概念であるサブラクセーション(subluxation)は、いまだ十分に解明されていません。その存在や神経症状への影響について、議論が続いています。本論文では、サブラクセーションは感覚入力の変化を表し、それが中枢神経系の適応不良な可塑的変化を引き起こし、時間とともに機能障害、疼痛、その他の症状につながるという仮説を提示しています。カイロプラクティックケアの神経調節効果に関する研究がこの仮説を支持しています。この仮説は、カイロプラクティックが非筋骨格系の症状に有益な効果をもたらすことを説明するのに役立つ可能性があります。
導入(Introduction):
カイロプラクティックの中心的な臨床原理は、神経機能に影響を与えるわずかにずれた椎骨である椎骨亜脱臼です。100年以上の議論にもかかわらず、その性質や神経学的症状との関連性については、合意に至っていません。一部の研究者らはその存在自体を否定しています。
本論文の著者らは、創設者の初期の生気論的原理(体の自然治癒力)に基づいた、現代神経科学の知見を取り入れた仮説を提示します。この仮説では、サブラクセーションは感覚入力の変化を引き起こし、中枢神経系に適応不良な変化をもたらし、機能障害、痛み、その他の症状を引き起こすと仮定しています。
考察(Discussion):
このセクションでは、過去15年間に行われた著者らの研究を紹介し、提案された仮説との関連性を検討しています。研究は、カイロプラクティック調整が感覚運動統合(感覚系と運動系の協調)に及ぼす影響を探求しています。具体的には、以下の点が研究されています。
感覚運動統合
日常の動作は、視覚、聴覚、触覚、固有受容感覚などの感覚情報と、それらに基づく運動指令の精密な統合によって成り立っています。この統合がスムーズに行われることで、正確な動き、バランスの維持、環境への適応が可能になります。
サブラクセーションは、この感覚運動統合に障害をもたらす可能性があります。例えば、関節の位置感覚がずれている、筋肉の緊張が不適切であるなどにより、脳が適切な運動指令を出せなくなる可能性があります。
論文では、カイロプラクティックのアジャスメントによって、この乱れた感覚運動統合が正常化され、より正確で効率的な動作が可能になることを示唆する研究結果が提示されていると推測されます。
具体的な実験方法は記載されていませんが、おそらく、平衡機能検査、運動課題遂行時の動作分析、神経生理学的指標などを用いて検証されていると考えられます。
固有受容性
固有受容性とは、関節や筋肉の位置、動きを感知する能力です。この感覚は、体幹の安定性、バランス、スムーズな動作に不可欠です。
サブラクセーションは、関節や筋肉の受容体の機能に異常をもたらし、固有受容性の低下を引き起こす可能性があります。その結果、姿勢の不安定化、転倒リスクの増加、運動パフォーマンスの低下などにつながる可能性があります。
論文では、カイロプラクティックのアジャスメントによって、この固有受容性の低下が改善し、平衡感覚や運動制御が向上することを示唆する研究結果が挙げられていると考えられます。具体的な測定方法は、関節位置覚テスト、平衡機能検査などが考えられます。
体性感覚ゲーティング
中枢神経系は、大量の感覚情報を常に受けていますが、全ての情報を処理するわけではありません。重要でない情報や重複した情報はフィルターリングされ、優先順位の高い情報のみが処理されます(ゲーティング)。
サブラクセーションはこのゲーティング機構に異常をもたらし、不要な感覚情報が過剰に処理される、あるいは必要な情報が十分に処理されないといった状態を引き起こす可能性があります。その結果、痛み、痺れ、その他の神経症状が生じる可能性があります。
論文では、カイロプラクティックのアジャスメントによって、この異常なゲーティングが改善され、感覚情報の処理がより効率的になることを示唆する研究結果が提示されていると考えられます。研究手法としては、感覚誘発電位(SEP)などの神経生理学的測定が用いられている可能性が高いです。
感覚運動処理
脳における感覚情報の処理過程は複雑であり、複数の脳領域が協調して働いています。経頭蓋磁気刺激(TMS)や感覚誘発電位(SEP)などの神経生理学的検査を用いることで、この処理過程を客観的に評価することができます。
論文では、カイロプラクティックのアジャスメントが、脳の感覚野や運動野における神経活動を変化させ、感覚運動処理の効率を高めることを示唆する研究結果が提示されていると考えられます。具体的には、脳波の変化、皮質興奮性や抑制性の変化などが測定されている可能性があります。
中枢性疼痛調節
痛みは単に末梢神経からの信号だけでなく、中枢神経系での情報処理にも大きく依存しています。中枢神経系の状態(可塑性など)が、痛みの強さや持続時間に影響を与えます。サブラクセーションは、中枢神経系の可塑性を変化させ、痛覚過敏や慢性痛を引き起こす可能性があります。
論文では、カイロプラクティックのアジャスメントが、感覚運動統合の回復を通して中枢神経系の痛覚処理機構に影響を与え、痛みの軽減につながることを示唆していると考えられます。
フィードフォワード活性化
フィードフォワード制御とは、予測に基づいて事前に筋肉を活性化させる制御システムです。例えば、物を掴む動作では、物を掴む前に姿勢を安定させるための筋肉が事前に活性化されます。このフィードフォワード制御に遅れが生じると、動作の精度や効率が低下し、姿勢の不安定化につながる可能性があります。サブラクセーションは、このフィードフォワード制御に遅れをもたらす可能性があります。
論文では、カイロプラクティックのアジャスメントによって、この遅れが改善し、動作がよりスムーズになることを示唆する研究結果が提示されていると考えられます。
論文では、カイロプラクティックのアジャスメントが感覚運動統合に多方面に影響を与え、様々な臨床的効果をもたらす可能性が示唆されています。しかし、このモデルの完全な検証と、そのメカニズムの解明には更なる研究が必要であると結論付けられています。また、「生気論的なカイロプラクティックの哲学」が、体の自然治癒力と自己調整能力という観点から、この研究を支持する根拠として強調されている点は注目に値します。
全体的な解釈
本論文の中心となるのは、サブラクセーションと感覚運動統合の関連性、そしてカイロプラクティックのアジャスメントによる感覚運動統合の改善効果を説明するモデルの提示です。 単にサブラクセーションを「ズレ」として捉えるのではなく、神経生理学的視点から、それが感覚入力に変化をもたらし、中枢神経系の可塑性(神経系の構造や機能が変化する能力)に影響を与え、最終的に様々な症状(痛み、姿勢の不安定性、運動機能障害など)を引き起こすというメカニズムを提案しています。
このモデルを支持する根拠として、論文では、アジャスメントによる以下の効果が示唆されていると推測されます。
- 感覚運動統合の改善: サブラクセーションによって乱れた感覚入力処理が、アジャスメントにより正常化され、感覚情報と運動指令の統合が改善される。これにより、正確な運動、バランス能力、環境への適応能力の向上につながる。
- 固有受容性の向上: アジャスメントは、関節や筋肉の位置感覚(固有受容性)の向上をもたらす。これは、姿勢制御、平衡機能、運動パフォーマンスの改善に寄与する。
- 体性感覚ゲーティングの最適化: アジャスメントは、脳における感覚情報の選別と処理(ゲーティング)の効率を高める。これにより、不要な感覚情報の過剰処理による痛みや不快感が軽減される。
- 感覚運動処理の効率化: アジャスメントは、脳の感覚野・運動野における神経活動を変化させ、情報処理を効率化する。これにより、より迅速で正確な運動反応が可能となる。
- 中枢性疼痛調節の改善: アジャスメントは、中枢神経系における痛みの情報処理に影響を与え、痛みの軽減につながる。
- フィードフォワード活性化の改善: アジャスメントは、予測に基づく運動制御(フィードフォワード)の遅れを改善する。これにより、よりスムーズで効率的な運動が可能になる。
しかし、論文ではこれらの効果を示す具体的な実験方法や結果のデータは詳細に記述されていないため、今後の研究で検証が必要であると結論づけています。 特にアジャスメントの効果が関節のズレの改善によるものなのか、それともアジャスメントそのものの刺激によるものなのかといったメカニズムの解明は重要な課題です。
さらに重要な点として、この論文では生気論的なカイロプラクティックの哲学が重要な位置付けにあります。これは、体の自然治癒力や自己調整能力を重視する考え方であり、アジャスメントによる効果は、単なる機械的な矯正だけでなく、体の持つ自然治癒能力を活性化することによって得られるものだと解釈できます。この生気論的な視点が、論文全体を貫く重要な概念であり、現代神経科学的な知見と融合することで、カイロプラクティックのアプローチをより包括的に理解しようとする試みだと考えられます。
つまり、この論文は、神経科学的なアプローチと生気論的な哲学を統合することで、カイロプラクティックのアジャスメントの作用機序を説明する新しい仮説を提案していると言えます。しかし、仮説の妥当性とメカニズムの解明には、さらなる研究が必要不可欠であることが強調されています。